新・テクノポリス中央放送局
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<ソウルトレイン出演/1980年11月2日>

タイトンアップ+インタビュー

ファイヤークラッカー


1971年から2006年まで米国で放送されていた国民的音楽番組の「Soul Train」にYMOが出演したことはYMOマニアの間ではよく知られていることですが、今では"ソウルトレイン"という番組が存在したこと自体を知らない現代人も出没しはじめているので今回ご紹介することにいたします。ソウルトレインはドン・コーネリアス氏が1971年に開始した黒人向けのダンス音楽番組ですが、その後、人気を得てからは徐々に白人アーティストやYMOなどの東洋人も出演するようになり、この番組への出演が一人前のヒップホップミュージシャンと呼ばれるための登竜門とも言われるようになった。日本人では1980年のYMO以外には2004年に久保田利伸氏がソロでソウルトレインに出演している。YMOは第2回目のワールドツアー中の1980年11月2日にソウルトレインに出演し米NBCで放送された。基本的に45分の番組ですが、YMOはアーチー・ベル&ザ・ドレルズの「Tighten Up」とマーチン・デニー氏の「Firecracker」の2曲を披露(カラオケ演奏)した他、ドン・コーネリアス氏からメンバーへのインタビューなども含め、約15分ぐらいの出演だったと思う。日本国内では確かテレビ東京?がその模様を後日放送していたはず。因みにステージで一番印象的だったのは、YMOの象徴とも言えるタンス(Moog IIIc)と松武秀樹氏の姿がなかったことである。ソウルトレインの雰囲気に合わせて意図的にシンプルなスタイルにしたのかと思いきや、機材の運搬が間に合わなかったというマヌケな話だったことが後になってから発覚。松武氏としてはさぞかし無念なことであっただろう。もしも機材が到着していたら米国のカバー曲だけではなくYMOのオリジナル曲も演奏された?かもしれないと考えるとファン的にも残念だ。因みにソウルトレインの名物でもあるフロアで踊るダンサーたちに紛れて当時のYMOのマネージャーだった伊藤洋一氏がコテコテのニッポンジン観光客風の格好で踊っている姿が見られ、ドン・コーネリアス氏にイジられるシーンもある。ドン・コーネリアス氏のインタビューには主にユキヒロ氏がエーゴで受け答えしてますが、やはり言葉の壁はドン・コーネリアス氏も感じていたようで、「100万ドルくれると言っても君らの名前を正確に発音できないだろう」とか「できるだけ簡単な質問をするよ」と言いながら、「アインシュタインの相対性理論についてどう思う?」などとオチャメな質問をぶつけたりしている。さらに、「YMOはどんなタイプの音楽に近いの?」と聞かれたときユキヒロ氏は恐れ多くもドン・コーネリアス様に向かって「クラフトワークって知ってるぅ?」という失言を犯し、その場が一瞬凍り付く一幕もある。「オレ様を誰だと思ってんだ。知らねーわけねーだろがっ。」って感じか? ま、そんなスリルあり、ユーモアあり、そしてグルーヴィーな感じのYMOのソウルトレイン出演でしたが、今後もYMOやクボタさんのような日本人ミュージシャンが現れてアメリカや諸外国で一旗揚げることができることを謹んでお祈り申し上げます。